青島健太:延長50回、中京・崇徳両校のみんな、素晴らしいゲームをありがとう
延長50回
スポーツは、ときに想像をはるかに超える壮大なドラマを作り出す。
たとえ奇想天外な野球漫画であっても、4日も費やす延長50回のストーリーを描いたことがあっただろうか。それはあまりにも現実離れし過ぎていて、私は寡聞にして知らない。
ところが、そんな試合が実際に起こったのだ。
■3日間で45回戦い0対0、サスペンデッドで4日目へ
延長50回
兵庫県明石市で行われた第59回全国高校軟式野球選手権大会の準決勝。
広島の崇徳(そうとく)高校と岐阜の中京高校の対戦は、1日目、延長15回0対0でサスペンデッド(一時停止試合)。2日目、ゲームを再開しさらに15回を戦って0対0で再びサスペンデッド。そして3日目、またまた15回を戦ってそれでも決着はつかず、結局45回を終えて0対0のままサスペンデッドになった。
この間、メディアの報道も日に日に加熱し、テレビやラジオのスポーツコーナーで紹介されたのはもちろん、スポーツ新聞もいつ終わるとも知れないこの戦いを各紙1面で大々的に報じた。軟式野球のこの大会が、これほど大きく取り上げられたことはかつてなかっただろう。
4日目(8月31日)の注目度は、もはやサッカーのW杯にも負けていなかった。
それほど、多くのファンがこのゲームの行方を見守っていた。
■コントロールの良い投手の投げ合い、両者鉄壁の守備
結果はご存じの通りである。
延長50回表、中京高校が3点を奪い、戦いの均衡が破れる。その裏、中京のエース松井大河投手が崇徳を0点に抑えて完封。4日間、延長50回におよぶ死闘がついに終わった。
球史に残る延長50回の秘密(理由)は、いったいどこにあったのだろうか?
まずは、両投手の頑張りをあげない訳には、いかないだろう。
崇徳・石岡樹輝弥(じゅきや)投手が689球、中京・松井投手が709球をともに一人で投げ切った。打たれたヒットは石岡投手が22本、松井投手が26本、与えた四球はともに12個ずつ、死球も4個ずつと、内容的にはまったくの互角だ。
また、両チームの鍛えられた守備力も、見事だった。50回を守って、崇徳が失策3個、中京が1個と両者とも鉄壁の守りを見せた。
コントロールの良い投手が投げ合って、しかもお互いに守りが良いとなれば、なかなか点が入らないのも当然だ。
そして、サスペンデッドというシステムも、このゲームに限っては、両チームを途方もない延長戦に向かわせた原因になったようだ。
■なぜサスペンデッドだったのか
引き分け再試合とサスペンデッドの違いは、どこにあるのか?
引き分け再試合とは、決着をつけるためにもう1試合戦うこと。投手を代えることもできれば、新しい打線を組んで臨むこともできる。その意味では、引き分けた試合の流れを大きく変えることができる。
ところがサスペンデッドは、前の試合と同じメンバーでゲームを再開する。点差がつけば、そのイニングが完了した時点でゲームセットになる。再試合をやるよりは、サスペンデッドの方が本来は大会運営の面からもゲームを消化しやすい。そこで、引き分け再試合ではなく、サスペンデッドのシステムを導入していたのだろうが、これがかえって延長戦に次ぐ延長戦の理由になったのかもしれない。
点が入れば、そのイニングでゲームが終わってしまう。その緊張感が両チームの力をさらに引き出して、集中力を持続させる。サスペンデッドというシステムが、まったく譲らない展開を生み出したもうひとつの理由ともいえるだろう。
しかしこんなことを分析しても、彼らがやり遂げたゲームに対して、ほとんど意味をなさない。勝ちたいと一途に願いながら純粋に野球に打ち込む選手たちのエネルギーは、我々の想像を超えたものを作り出すパワーがある……ということだろう。
■「またじゃけど、次もよろしく」
3日目の試合を終えたときに、崇徳の石岡投手が中京の松井投手に声を掛けた。
「またじゃけど、次もよろしく」
この広島弁が、なんともうれしくて微笑ましい。
一方の中京・松井投手は、崇徳に勝った直後に行われた決勝戦にも途中登板し、日本一に輝いた。延長50回を振り返って、こんなことを言っている。
「幸せな時間でした」
サスペンデッド4日目となったこの日(8月31日)は、学校の夏休みが終わるため、決勝戦も必ず行う予定になっていた。ダブルヘッダーで戦うチームに考慮して、大会規定では1日に18イニング以内と決まっていた。つまり決勝戦で9イニングを戦うとすれば、サスペンデッドは9イニング(合計54回)までしか行えないことになっていたのだ。
では、もし54回を終えても引き分けだったらどうなっていたのか。
その際には、試合に出ていた両チーム18人分の封筒が用意されていて、これをみんなで取ることになっていた。一つにだけ「〇」の書かれた紙が入っていて、これを引いたチームが「勝ち」になるのだそうだ。
些細なことだが、誰か一人が封筒を取るのではなくて、18人分の封筒が用意されていて全員で決める……というところになぜかグッときてしまった。
これだけの延長戦を戦った選手たちに、示すことができるひとつの敬意のようにも思えたからだ。
■素晴らしいゲームだったが、切なさも残る
また、こんなルールも紹介されていた。
もし、決勝戦が引き分けに終わったらどうなるのか(延長戦ができない)。
そのときには、優勝預かりで両校「準優勝」ということになったらしい。
「優勝戦まできたら、両校優勝でいいんじゃないのかな」と、感じたりもしたのだが、私のこの思いには延長50回を戦ったチームへの感傷が間違いなく入っていた。
両校準優勝……青春のスポーツには、その悔しい感じが少し残るくらいがちょうど良いのかもしれない。
私はここで何を言いたいのか。
そう、延長50回は、確かに素晴らしゲームだったが、なんだかちょっとだけ切ないのだ。
「またじゃけど、次もよろしく」と言った石岡投手に、なにか言ってあげたいのだ。でも、それがなかなか言葉にならない。
いや、これはこれで終わっていいのだろう。この切ない感じが、スポーツの最大の魅力なのだ。
中京高校、崇徳高校、夏の終わりに素晴らしいゲームをありがとう。
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