優勝確率4割 夏制覇の大阪桐蔭・西谷浩一監督ってどんな人?
今夏の甲子園で大阪桐蔭を2年ぶり4度目の優勝に導いた、西谷浩一監督(44)。1998年に就任すると、大阪桐蔭を甲子園の常連校に育て上げ、2008年夏には全国制覇を成し遂げた。甲子園には監督として春夏で10回出場し、うち4回は優勝。“優勝確率4割”のすごすぎる監督として、日本中で有名になった。
一方、今年は大阪桐蔭の快進撃と共に、その風貌も注目された。ツイッターでは、「監督の目がガチ」「いつ見ても怖い」といったつぶやきも見られた。
しかし、多くの名選手を育てた西谷監督の指導法は、“コワモテ”からは想像しにくい、こまやかな気配りにあるようだ。強豪チームを育てるノウハウを過去のエピソードから探った。
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不遇の選手時代
出身は兵庫県宝塚市。小6の時に、1981年夏の甲子園で全国制覇した名門・報徳学園に憧れ、自らも入学した。しかし、3年生の大会は下級生の暴力事件で出場辞退。校内の紅白戦が引退試合となった。1浪して進んだ関西大では捕手で主将に。しかしここでも、肩の故障で満足に試合に出られず、対戦校のデータ分析など裏方に徹した。この頃、「野球はレギュラー以外も含め、全員でやるものだ」と意識したという。縁の下でチームを支えたこの現役時代が、指導理念の源になっていく。
コーチ時代から見せた合理性
1993年、大阪桐蔭の前監督が大学の先輩だった縁で、同校のコーチに。就任するとすぐに、下級生による先輩の練習着の洗濯を禁じた。「練習の機会を奪いたくない」というのが理由。1年生を上級生の実戦練習に加え、それまでの慣例を改めた。以来、指導者が尻をたたかずとも、先輩の背中を見て練習する姿勢が部の伝統になっていったという。
鋭い観察力。メンバー以外も巻き込む姿勢
2008年夏、全国大会の1、2回戦で無安打だった7番打者の佐野力也選手(当時2年)を呼び、「これで打てるようになるで」と左ひじに5センチ四方のテープを張った。何の効果もない冗談。しかし、これで佐野選手の表情が緩んだのを見逃さなかった。翌日の試合で突如、2番に起用。4安打の活躍を引き出した。
2012年、優勝した春の大会でもエピソードはことかかない。この大会を迎えるにあたっては、西谷監督は練習後も午後10時半まで寮に残り、選手らの細かな相談に付き合った。チームを強くするにはどうすればいいのか。何が足りないのか。一人一人に考えさせた。その結果か、ベンチメンバー以外の3年生が動いた。すすんで他の強豪チームの偵察に向かい、選手の目線でビデオ撮影。対策を講じる貴重な資料となった。
優勝した瞬間には、ベンチでかたわらにいた記録員を抱きしめた。「彼が一番大変だったと思うから」。部員全員を思いやる姿勢は、頂点に立っても変わらなかった。
実は、大会前には、交通事故で車いす生活を送っていた野球部OBに「あきらめるな。優勝旗を持たせてやる」と誓っていた。試合後、宿舎を訪ねた彼に紫紺の優勝旗を手渡すと、大きく息を吐いたという。
「コールド負け」から引き出した自分流
監督個人としての優勝回数記録(春夏通算)でも、西谷監督は3位。トップに迫る勢いだ。
■監督の優勝回数ランキング
1.中村順司(PL学園)6回
2.渡辺元智(横浜)5回
3.尾藤公(箕島)4回
3.西谷浩一(大阪桐蔭)4回
以下、故・蔦文也さん(池田)ら5人が、優勝回数3回で続く。
すでに歴代の名監督たちに並ぶ戦績を残しているが、まだ40代半ば。「気配り」で選手を育て上げる名将はこれから、前人未到の記録を見せてくれるかもしれない。
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