防災の日に思う 地学教育を空洞化させた文科省と教育委員会の責任は重い
防災訓練を繰り返しても 防災教育が進まないのはなぜか
関東大震災があった9月1日を「防災の日」、この日を含む一週間を「防災週間」と定め、各地で、防災訓練などが行われる。
これを主導する内閣府も、自治体の防災担当も、悲惨な災害の報道を繰り返さざるを得なかったマスメディアも、何十年にもわたり、防災に向けた広報活動等を精一杯行ってきたように見える。しかし、いまだに、国民の多くが、津波からの避難の判断が適切に行えず、土砂災害が起こる可能性が高いところに宅地が造成されているのはなぜか。
その原因は、緊急時や日常の備え等のマニュアルの普及を繰り返すだけで、本質的な防災教育を担うはずの地学教育が空洞化しているために、基本的な知識や素養が日本の国民全体にかけてしまっているからではないか。
後述するように、日本では、ほとんどの国民全てが高校に進学するが、理科の中で、あらゆる自然災害や防災について学ぶことができる「地学」の授業を受けた者は、役所の職員にも、学校の理科の教員にも、非常に少なくなっている。子供を育てる親の多くも「地学」を学んでおらず、そして、今の高校生たちも同じだ。
いくら、マニュアルの普及を繰り返しても、本質的な防災教育はできない。まず、高等学校の理科の教育の中で、私たちが暮らしているこの日本で起こった、数々の自然災害の歴史と教訓を、風化させずにきちんと教育で伝え、そして、科学的に自然災害が起こるメカニズムを理解するなど、国民の知識の底上げに努める必要がある。そしてさらに、マニュアルに書かれていることの理解はもちろんのこと、あらゆる個々の災害に直面しかねない場面において、自ら、最善の防災対策を適宜、判断できるほどにまで、国民の防災に関するリテラシーを高めていかなければいけない。それが、公教育を施している文部科学省と教育委員会の責任ではないか。
しかし、日本の地学教育は、深刻なほどに空洞化してしまっている。
関東大震災
新カリキュラムで教科書がつくられなかった「地学」
理科教育は、誰もが知るように、「物理」「化学」「生物」「地学」の4つに分類されている。この内、「地学」は、地震、火山、気象、宇宙、という、まさに私たちを取り巻く自然環境を理解するための科目だ。教科書では、地震、火山、台風等に伴う様々な自然災害の猛威や歴史、そして、それらが引き起こされるメカニズム等が本編で記載されているだけでなく、防災そのものをテーマにした章も設けられている。大津波も、豪雨の後の土石流も、何度も繰り返されており、必ず繰り返されるということを実感し、どうすれば少しでも被害を減らすことができるかを科学的に学ぶのが地学だ。
関東大震災
しかし、「地学」の空洞化は、今の高校三年生、つまり今度の大学入試から適用される、新しい学習指導要領(新カリキュラム)の出足から表面化した。
新カリでは、文系用の基礎的な内容を扱う科目として「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」の4種類、理系用として「物理」「化学」「生物」「地学」の4種類の合計8種類の教科書が各出版社から発行される予定だった。しかし、新カリが適用される生徒が高校二年生になる平成25年時点でも、「地学」の教科書だけが、どの出版社からも発行されなかったのである。学校からのニーズがほとんどないことがわかっているために、出版社にとっては、収益が見込めないからだろう。
関東大震災
その結果、文部科学省は、急遽、「地学だけは、新カリキュラムの授業を行う際に、旧カリキュラムの教科書を使用することもやむなしとする。文科省で旧カリと新カリの対応表を追って作成する」という旨の通知を全国の教育委員会に出さざるを得ないような事態となったのである。
今年からはようやく二社が「地学」の教科書を出版したが、高校では、理系の大学等に進学する生徒たちは、「物理」「化学」「生物」の三科目から二科目を選択するのが当然にようになって久しい。つまり、理系の生徒は「地学」を学ばないのである。このことは、結果として、日本中の小中高の理科の先生の多くが、「地学」を学んでいない、だから、「地学」を教えられない、だから次の世代も地学を学ぶことができない、連鎖になってしまっている。これが、地学教育を空洞化させた負のスパイラルだ。
先日、ある防災に関する講演会で、この分野で著名な大学教授が、「日本では防災を教える科目がないから、マニュアル教育が必要だ」という旨の話をするのを聞き、愕然とした。彼もまた、「地学」を学ばず、「地学」の教科書を開く機会がなかったのだろう。空洞化のために、存在そのものが見えなくなっているかのようだ。
今年の都立高校入試の理科の出題ミスも 地学の問題だった
今年の2月24日に実施された都立高入試の理科の問題で出題ミスがあり、東京都教育委員会は、当該問題の配点5点を全員に加点する処置をとった。このことが大きく報道された理由は、単に出題ミスがあって加点されたからではなく、その対応が遅れ、合格発表の前日になってから、加点の処置が施されたという混乱ぶりによるものだ。
通常、こういった出題ミスがあった場合は、入試のテスト終了すぐに、各校で採点を始める頃には、学校現場から指摘がなされ、速やかに教育委員会が対応し、指示を出して、それに基づいた採点作業が進められる。そうすれば、合格判定に向けた作業に、あまり大きな混乱が起こらないで済む。しかし、今回は、当初、都教委は多くの指摘を受けても「出題ミスではない」として対応をせず、ほぼ全ての高校で採点作業や点検作業や合否判定が終わった後の、合格発表の準備をしている頃である発表前日になって、採点のやり直しが指示されたのである。その問いに関しては、正解不正解関係なく、全員に5点加点だったために、正解とされていた生徒はそのままだが、不正解とされていた生徒に5点を加点する作業となる。5点も増える生徒が多く出れば、ボーダーライン上の合否判定はおそらく何人も入れ替わり、現場はたいへんだっただろう。ただでさえ、入試業務はミスが起こりやすいのに、判断が遅れ、このような対応となってしまったのはなぜか。
出題ミスの内容は、秋分の日の地球、月、太陽の位置関係や道筋について質問した大問3の中の問3で、問題文の中に「秋分の日の」と限定条件を記載すべきところをしなかった、というものである。
入試当日の終了直後から、この問題はネット上などでも話題になっていて、筆者も知人から相談を受けて、問題を解いた。工夫された良問だと思うが、問3に関しては、問題文で「秋分の日の」という限定をし忘れているために、解答は、4つの選択肢から2つにまでしか絞り込むことができないものだった。
(この問題文と出題ミスの内容については、東京都教育委員会のトップページから、「報道発表資料」→「平成26年報道発表資料」→「平成26年度東京都立高等学校入学者選抜学力検査(理科)の学力検査問題の誤り及び採点上の対応について(2月27日)」とリンクを辿ったところに今も掲載されている)
しかし、多くの指摘を受けても、都教委が一向に出題ミスを認めない、ということがネット上で伝えられ、筆者も、出題ミスに気付いた者の責任として、合格発表の2日前から、都教委にはたらきかけをした一人だ。
混乱の背景には、「地球、月、太陽の位置関係」という地学の基本的な知識を本質的に理解している者が、都教委にほとんどいなかったのではないかと考えられる。中学生向けの都立高校の入試問題であり、地学を学んでいれば決して難しい問題ではない。しかし、地学を学んでいなければ、学識ある大人であるはずの都教委の関係者でさえも、この問題を理解するための前提の知識がなく、そもそも出題ミスの指摘の意味がわからなかったのではないか。
そもそも、地学を専門とする理科の教員は少ない。そのために、出題をする側も限られた人材で行っている可能性があり、現場の地学を専門をする教員全員が指摘をしたとしても、都教委としては指摘数が他の科目の場合より少なく感じてしまうこともあるかもしれない。
また、中学の理科の教員によるネット上の当初の声には、「出題ミスではないか」という指摘よりも、「この問題の答が、なぜそうなるのかを生徒にどう説明していいか分からない」という類のものが多く、中学の理科の教員であっても、地学を学んだ経験のない者には、地球、月、太陽、の基本的な位置関係の理解が非常に難しく感じられていることも想像できた事例だった。
文化系の生徒も一般教養としての 「地学基礎」が学べない
理科は、新カリキュラム対応で初めての実施となる今年度(平成27年1月)の大学入試センター試験から、科目選択においても大きな変更がなされている。最も大きな変更は、これまで文系の生徒は、理科は1科目選択するだけでよかったが、基本的に、「基礎」の付いた科目を2科目選ぶ形になったことだ。このことで、これまで、文系の生徒は「生物」1科目だけを選択してセンター試験を受験をしていた生徒が多かったが、これからは、「生物基礎」と「地学基礎」の2科目を選択する生徒が増え、文系の生徒にとっても一般教養として欠かせない「地学」教育の普及につながるのではないか、と期待された。
しかし、例えば、東京都の都立高校のホームページをいくつか見てみると、そこに掲載されているそれぞれの高校の教育課程表には、「地学」はもちろん、「地学基礎」さえ全く記載がない学校が少なくない。つまり、理系の生徒も文系の生徒も、「地学」も「地学基礎」も必修になっていないだけでなく、選択科目の中にも入っておらず、地学分野を全く学ぶことができないのである。このような高校では、文系の生徒も、センター試験では、理系の生徒が「地学」以外の3科目から2科目を選択するのと同じように、「地学基礎」以外の3科目から2科目を選択するように強いているのである。
このように、関東大震災を経験し、豪雨や積雪にも弱いとされている大都市の東京都立高校でさえ、地学は空洞化に向かっているのだ。
東京都だけではない。筆者の暮らす京都府南部の府立高校のホームページをいくつか見ても、全く地学も地学基礎を学ぶことができない(選択科目としても設定されていない)ところが多い。京都府南部は、日本で初めて「集中豪雨」という言葉が使われるような災害を起こした地域だが、そのような地域の住民が、さらに地学を学んだことがない者ばかりになりつつあるのである。
文部科学省と教育委員会は、 地学教育を受ける権利を保障せよ
教員免許の種類は、「中学理科」「高校理科」しかなく、物理・化学・生物・地学に分かれているわけではない。つまり、理科の教員は全員が物・化・生・地の全てが教えられる、ということが建前だ。しかし、現実には、各高校には、地学を学んだことがない、したがって地学教えるのが苦手だ、という教員ばかりのところがあり、そのような学校では、地学を選択することさえできない教育課程表(カリキュラム表)が作られているのだと考えられる。
世界全体のマグニチュード6以上の地震の内、20%以上が日本で発生している。日本の国土面積は世界の0.25%しかないのに、世界全体の活火山の7.1%が日本にある。台風も竜巻も、津波も高潮も洪水も、豪雨も土砂災害も、落雷もヒョウも、日本では繰り返されており、今後も必ず繰り返される。だから、防災は不可能で、減災という言葉に置き換えられている。
だから、日本は、高校で地学を学ぶ率が世界一であるべきだし、地学教育の普及で世界の見本になるくらいの気概を持つべきだ。
「大津波が押し寄せる地域の学校の教員の中に、地学を学んだ者がもう少しいれば…」「もし、地域の住民や、家族の中に地学を学んだ人がいたとすれば…」せめて命だけは守れたのではないか、こんなに多くの人命を失わずに済んだのではないか、と考えられる事例は今も多い。それぞれの災害に直面する場面で、もう少し、よりよい判断と行動ができていた可能性は高いのである。
あの阪神大震災からもうすぐ20年になる。
日本の未来のためには、防災教育を、内閣府や地方自治体の防災担当課に任せるだけではなく、文部科学省や教育委員会が、空洞化した地学教育に中身を入れていくことが、欠かせない。
まずは、全ての高等学校のカリキュラム表を調査し、全く地学分野を学ぶことができない学校には、せめて「地学基礎」が選択できるようにすることを急ぐべきではないか。そのための体制の整備が、教育行政の責務だと考える。
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